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「麻衣子」と「灯」、2人の女性に翻弄される物語
私(陽介)には同じ大学の同級生の彼女である麻衣子がいる。彼女は政治家志望で忙しく、デートをする時間もあまりない。会ったとしても、体の関係はやんわりと拒否する。
そんななか、膝のライブで隣の席にいた新入生の灯という子と出会う。陽介は麻衣子と別れ、彼女と付き合うことになる。
新しい彼女と付き合うのなら、前の彼女ときちんと別れてからでないといけない、そのあたりも陽介のモラルらしい。
灯とは会うたびに欠かさずセックスをするようになり、関係も良好だった。だが、そこに麻衣子が戻ってくる。
陽介の戸惑いには感知せず、その身体を求める麻衣子。その行為はやがて陽介と灯の関係を「破局」させることになる。
灯は、別れたはずの麻衣子と関係を持ったことを知り、陽介にこう告げる。
「陽介君は私によくしてくれているし、麻衣子さんに特別な感情を持っていないのも信じられる気がします。きったただ純粋に、陽介君は性欲に勝てなかっただけなんですよね。」
そして自分の性欲が日に日に強くなっていると言い、「正直に言って、私は相手が陽介君じゃなくてもいいと考えるようになっていたんです。」
「でもそのたびに私には陽介君がいるからって、そんなの絶対にいけないし、・・・(中略)でも私がそうやって我慢していたのに、陽介君は我慢しなかったんですよね。」
「私、陽介君のこと許せない」
この後席を立った灯を追った陽介は、通りかかった男にそれを阻まれ、男の顎をあらん限りの力で殴り飛ばす。
そして最後は警官に押さえつけられるところでこの小説は終わる。「破局」はこうして陽介のまったく予期しない形で訪れるのだ。
灯との「破局」であり、順風満帆だった陽介自身の「破局」。それがこの小説のタイトルであるのだが、その言葉にどのような意味を見いだせば良いのだろうか。
「麻衣子」と「灯」、過去のエピソード
麻衣子はその後、小学校低学年の時の話を陽介に語る。それは一人で留守番をしていたとき、見知らぬ男が家に侵入し、外に逃げた麻衣子はその男に追い掛けられる、というものだ。
なんとか逃げ切って、家に戻って母親に抱きしめられることで事なきを得るという話だが、この幼少期の記憶を、別れた陽介になぜ今になって話したのだろうか。
麻衣子は、この日のことをよく夢で見るという。それは、あの日と違って必ず自分が男に捕まる夢だ。「長いこと男に追いかけまわされた恐怖が、目覚めた後も体に残っているの。私はなんとかこれが夢で、安全な場所にいることを自分に言い聞かせて、それでやっとーーー」
麻衣子の話はそこで終わる。この恐怖体験を「男性性への恐怖」「幼少期のトラウマ」などと言ってしまうのはたやすいが、陽介との関係とどのように関わるのかは分からない。ただ別れてはじめて、麻衣子は最も忘れられない「重い」過去を陽介に話した。
陽介がそれをどのように受け止めたのかも物語には書かれない。「肝心なことは書かない」小説であれば当然のことかもしれないが。
灯にしても、今住んでいる部屋が「事故物件である」こと、それをまったく気にしないこと、を陽介に打ち明けるのだが、そのことと灯の性欲が強くなっていくこと、陽介でなくても相手は誰でも良くなってきたと言うこととの関連は分からない。
小説の中で語られる登場人物のエピソードは、必ず何かの伏線であったり、テーマと関わっているはずだ、という読者の思い込みをここでも裏切っている。
「自分らしさ」の欠如?
読み終わったあと、この奇妙な読後感の理由について考えてみるのだが、なかなか答えが出そうもない。
作家にとって書くべき何かを書こうとした、それが小説というものだとすれば、それは「人生には何が起こるか分からない」という身も蓋もないものになってしまう。
そのようなテーマらしきものを考えなくとも、この小説は面白く読めるのだが、どうしてもそこに何かしらの「意味」を見つけたがってしまうことは無意味なのだろうか。
敢えて言えば、「私=陽介」という人間はやはり「ゾンビ」である。努力も怠らず、自己を磨き、誰もが羨む持つべきものを持っている。
しかしその価値観に、陽介らしさ、独特のものが最後まで感じられない。あくまで一般的な、世間的な評価基準の中での「正しさ」を追求しているように見える。
「悲しむ理由がないということはつまり、悲しくなどないということだ。」
こう言い聞かせなければ、彼は自分自身のよりどころを失ってしまう、そういう危うい中に生きている。
女性に優しくするのも、陽介がそうしたいからそうするのではなく、「そうするべき」だからそうしているだけである。
最後は灯に別れを告げられ、鍛えていた肉体が徒となり、順調だった「私」の人生は暗転する。
因果律でこの物語を読むことはできない。しかしすべてが偶然ということでもない。まさにそれは私たちが日常感じていることである。
この「破局」は、今まで形になっていなかったそのことを、確かに描いている、そういう印象が残った。
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