原田マハ「無用の人」

ココロ

いま授業で取り上げているのが「無用の人」という小説です。

美術館に勤める50歳の「私」に亡くなった父からの宅配便が届きます。

長年勤務したスーパーをリストラされ、妻に蔑まれ離婚。娘の私もまたそんな父を「無能の人」と思っていたのでしたが・・・

宅配便の中に入っていたのはアパートの「鍵」でした。

さて、授業はまだ始まったばかりなのですが、小説全体を読んだところで生徒への問題。

「宅配便を受け取った時の『私』の心情はどんなものだろうか」

最初、個別に考えているうちは戸惑っていても、グループで数分かけて考えると、「期待と不安」「緊張」などという答えはわりと出てきます。

けれど、授業後の振り返りシートを見ると、気になることが書いてあるものがいくつかあるんです。

それは「無能と無用」についてです。「違いがいまいちわからない」「どこが違うのか気になる」など。

そうか、全体を読んだからたぶん分かっているだろうと思っていたけど、そもそもこの二つの語の相違がイメージできていなかったんんだと気が付きました。

しかしこの小説を理解するうえで、ここは極めて重要です。

「無能」=能力や才能がないこと。役に立たないこと。また、その人や、そのようなさま。

「無用」= 1役に立たないこと。使い道のないこと。また、そのさま。無益。 いらないこと。また、そのさま。不要。

こうした辞書における意味では、その違いがわかるはずもありません。

最終的にはこの小説の読みを通して、「能」と「用」がどう違うのかを理解していくことになります。

「語句の意味は文脈が決定する」

だから意味を暗記しただけではダメなんですね。

それを理解してもらうためにも、この小説は格好の教材だと思いました。

ただ、それ以上にすばらしいと思う点があります。授業が終わらないと検証できないのですが・・・(^^;

自らの価値観で生きる

主人公「私」の父は、社会的にも対人関係でも「無能」な人物だと妻や娘に思われています。

しかし、「私」は考えます。

それは能力がないのではなく、密やかに美しいものを愛でる自らの価値観に基づいて生きているだけだと。社会や他の人にとって「無用」になっているだけではないかと。

亡くなった父からの最後の贈りものに「私」はそのことを確信するのですが、娘の幸せを願うこのラストシーンがとても美しいです。

授業の最後に、この感動的な父のメッセージの読み解きを行い、そして「無能」「無用」の違いを確認しました。

さて、普通の「読解」型授業であればこれで終わりですが、今回はもう1問、生徒に問いかけてみます。

あなたにとって、「幸せ」とはどんなものだろうか?

グループの話し合いでは、「自分の価値観を大切にして、好きなことをやって生きる」等の、授業内容を受けてのものが多く出てきました。

そして「美」、「愛」、back numberの「瞬き」の歌詞も!

けれど、生徒にとっていちばん人気だったのは、「後で気づくもの」という答えでした。

まだ高校生ですけどね、なるほど^ ^

普段の生活では、おそらく考えることもない「幸せ」の定義を、生徒はこの美しい小説を通して見つめ、他の生徒それぞれの思いを知ることになりました。

最後は「読解」を超えて「哲学」になった授業。生徒の1人が、「今この時期にこの小説を読めてよかった」と振り返っていましたが、「無用の人」は、教材としても素晴らしい作品でした。

それにしても、「瞬き」の歌詞が出てきたときは思わずニンマリしてしまいましたね。

生徒は59歳の私がback numberの曲を知っているとも思っていないですからね。「こないだ3回目のライブに行ってきた」と聴いたときの驚きようと言ったら…(^。^)

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