"I am not enough"=満足でない
現状が悪いわけじゃない、人とのぬくもりだってある。それなりには満ち足りている。でも何か足りない。
この時間に追われる日々、このままでいいのだろうか。
そう、今目の前にあるのは自分で手に入れたものじゃない。誰かから差し出された偽物なんだ。
だからほんの少しここから抜け出し、一歩ずつ、自分らしさを手に入れよう。
「どうせ正しい答えなんてない、だからこのままでいいだろう?」という甘い罠と誘惑。それに乗って諦めてしまえば、勝ちも負けもない生温い世界しかない。もっと怒れ、もっと憤れ。そして今を変えるんだ。
憂いも苦しみも、嘆きも悲しみも大したことじゃない。本当の自分を、夢を追いかけるんだ。雨に打たれようと、風に吹かれようと。
「主張も主観もない堕落した世界」ここから逃げ出せば、また他人から与えられた生き方しかできない。
まだ何一つ手に入れてない。振り返らず、この生が終わるまで走り続けるんだ。誰よりも優れたものだけを追い求めて。
「答えなんて無いと 諦めた向こう側には 勝ち負けのない 生温い世界が待ってる」
「これでいい」と言える日、自分の生き方に満足できる日が来るまで、挑み続けよう。
「現状維持」への抵抗
「満足ではない」というのは、言い換えれば「それほど不満ではない」ということでもあります。
けれど本当はその状態が曲者なんですよね。それなりの満足を感じていれば、敢えてそこから抜け出して新しい世界に飛び込もうとは思いませんから。
でも同時に、こんな借り物のような生活、自分のやりたいことも出来ない忙しい毎日に満足していいのか、という疑問も消えません。
そんな中途半端な状態にピリオドを打って、自分の本当に望むことに向かっていきたい。
そんな気持ちを歌ってくれています。
依与吏くんの場合は、back numberとしての曲作りに対して感じていることを歌ったのかもしれません。もっともっと心に響く、聴く人に寄り添う曲を作りたい、という。
それは推測でしかありませんが、人は何かしらこんな物足りなさを感じているんじゃないでしょうか。
それは私も同じです。
現状の、「勝ち負けのない生温い世界」「主張も主観もない堕落した世界」にいたいとはどうしても思えなくなっています。
リスクを承知でその変化を自ら望むのか、のまさに正念場。でも答えはもう決まっています。
“I am not enough”
これでいい、と思える日はきっと来ないでしょう。甘い自分を許さずに走り続けたいと思います。
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