「偶然とは何か」って?

日々のこと

人間はものとことの間に秩序が存在するという意味での必然性の存在を信じているのであり、それがなくては生きていくことは不可能である。 しかしながら、同時にまた人々は、常に何か訳のわからないものの存在、あるいは理由が完全に説明できないようなことも起こるということも経験しないわけにはいかない。つまり必然でないもの、すなわち偶然、あるいは少なくとも偶然と見えるものが存在すると考えざるをえないことになる。そうするとなぜ偶然が存在するかということが、重大な問題となる。

偶然とは何か (竹内 啓)

という(教科書の)文章を授業で取り上げました。

「なぜ偶然が存在するか?」なんて考えたこともないですよね。偶然は偶然だし、重大な問題と言われても・・・(>.<)

と、生徒と同じ視点で読んでいきます(^_^)

筆者は、人間にとって偶然(=理由なく起こるものやことの存在)を受け入れることは難しい。だからそれを「神意」「因縁」「運命」といった言葉で解釈し、偶然を別種の「必然」として見なしてきたと言います。

そしてニュートンの物理学によって確立された近代科学の世界観では、無限の過去から無限の未来まで決定されており、それには「偶然」のようなものが入る余地はまったくなく、すべては必然であると。

考えてみれば、私たちはすべてのことに原因があり、その結果が現実だと考えてしまう傾向がありますよね。

「~したから、~しなかったからこうなった。」「~すれば、~しなければこうなる。」的に。

そのなかで予期しないことが起こったら、またそこで因果関係を考えるというように。

でも、ことはそう簡単ではないはずです。いい大学、会社(と思われている)に入れば、いい(とその時は思っている)相手と結婚すれば、その後もすべてうまくいく・・・わけではありませんよね。

「なぜ偶然が存在するか」という問いに、筆者はこう答えています。

現代科学の示す宇宙像は、ニュートン流の機械的な必然性に貫かれたものではない。必然と偶然が本質的に相互に絡み合ったダイナミックな世界である。それは本質的に予測不可能な、したがって新しいものが生まれ、またあるものは永遠に消滅する世界である。 (中略)その中で、偶然は必然に対する邪魔物ではなく、世界を作り出す本質的な要素である。偶然は一人一人の人間にとっても未知の未来を作り出す。それは「暗黒の未来」ではなく、「魅惑に満ちた驚異の未来」であると期待してもよいのである。偶然は多様であり、その多様なあり方をどのように理解し、それとどのように取り組むかが二十一世紀の大きな課題である。

偶然とは何か (竹内 啓)

必然と偶然が絡み合った予測不可能な世界において、「偶然」は魅惑に満ちた驚異の未来、世界を作り出す、そのためにあるのだと。

何もかも決まってるなら何も面白くない。思いもかけない出会いや出来事があるから魅惑的なんですよね。

授業の最後、生徒にこう問いかけてみます。

「自分のこれまでの経験に照らして、『偶然が世界を作り出す』ということについて考えてみよう。」

「私がこの世に生まれ、育ててこられたこと。それが最大の偶然。」

そう書いてきた生徒は、ちゃんと分かってくれてますね(^。^)

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