「ザ・ファシリテーター」(森時彦)を読む

ファシリテーション

先月のFAJ(日本ファシリテーター協会)定例会でお話をうかがった、森時彦氏の「ザ・ファシリテーター」を読んでの感想です。

2004年に発行されていますから、もう15年も経っているのですが、本当に面白くてたくさん学べて考えさせらる内容でした。

森氏はファシリテーションを「会議効率化のノウハウ」とするのは皮相な理解だとし、その見方を払拭したいという思いがあったようです。

 ファシリテーションがどのように組織の活性化、組織変革、そして個人の成長・行動の変化につながっていくのかというプロセスを描き出してみたいと考えるようになった。

 本書は、それを小説仕立てで実現しようとするものである。

(中略)

 ファシリテーションのスキルだけを切り出して紹介しても、リーダーシップのあり方、組織に働く人々の反応を同時に描かなければ、実践にはつながりにくいだろう。小説という表現形式をとったのはそのためだ。

「ザ・ファシリテーター」(はじめに)

物語の場面は企業。組織変革をテーマに、黒澤涼子という30代後半の女性が主人公です。年齢でも専門知識でも自分を上回る男性の部下を率い、ファシリテーションを駆使して成果をあげるというお話。

私自身はこうした民間企業での勤務経験がなく、実感が湧きにくい場面もありますし、なにしろ聞いたことのない言葉が最初からも随所に登場します。

  1. ギャップアナリシス
  2. フォース・フィールド・アナリシス
  3. アクション・オリエンテッド(成果につながるための仕事?)

「はじめに」だけでもこれだけ出てきて、意味を確認しないと気になって先に進めません。

1.ギャップアナリシスとは、「現在の状況と目標とつする状況を比較・分析する」こと?

2.フォース・フィールド・アナリシスとは、「実行しようとする活動やアイデアに対して働く推進力(追い風)」と「抵抗力(向かい風)を可視化して分析する」こと?

3.アクション・オリエンテッドとは、「成果につながるための仕事」?

調べた限りではこんな感じでしょうか。

「ギャップアナリシスにフォース・フィールド・アナリシスを取り入れ、人と人とのインタラクション(相互作用)を活発にし、創造的なアウトプットを引き出すファシリテーションを通してアクション・オリエンテッドな風土をつくる・・・」

↑登場する語を私が勝手に並べてみたのですが、難解な入試現代文でもここまでのものはないでしょう(笑)

企業人なら周知なのかもしれないのですが、まずこうした言葉の意味や使われ方から確認しつつ読まなくてはなりませんでした。

しかし、物語は面白いです。

ファシリテーションを武器に、主人公が年齢や性差や知識面のハンディを乗り越えていく様子は、読んでいて興奮さえします。

ストーリーは決して荒唐無稽なものではありません。あたかも現実に起こっている、そしてその中でファシリテーションスキルをどう生かすか、という視点で描かれています。

語彙力の不足を推測とスマホ辞書で補いながらの読書でしたが、一気に読みました。

読後、いちばん感じたのは、人、そして組織を変えるファシリテーションの力です。森氏はこうも書いています。

 チームが課題を共有し、効果的に考えを交流させ、創造的な答えを導き出す。動機が内在化し、自発的で活力に溢れた行動が生まれる。1+1が2以上になるようなポジティブな化学反応が現れる。これが、優れたファシリテーションの効果である。

(中略)

 もうひとつ見落としてはならない重要な効果がある。それは、ファシリテーションを学ぶことによって、自らも変わるということである。(以下略)

「ザ・ファシリテーター」(はじめに)

小説の中に登場するさまざまなスキル、そしてマインドが人と組織を変えていく、その姿に勇気づけられます。

次回、特に印象に残った言葉、場面を書いてみたいと思います。

この小説では主人公黒澤涼子が、年代も知識も上の男性部下を相手に、ファシリテーションを武器として活躍します。

が、あまり詳細に書くとネタバレになるので、特に印象に残ったシーンやことばをオムニバス形式で書こうと思います。

目次

リーダーズ・インテグレーション

「インテグレーション」とは「統合」を意味し、「リーダーズ・インテグレーション」とは、リーダーとチームメンバーの意思疎通を図ることを目的とするもの、と。

黒澤涼子(通称リョウ)は、新しく製品開発センター長に抜擢され、直属の部下8人を前にこれを行います。

普通の顔合わせだと、上司の自己紹介だけで終わるものですが、たっぷり3時間以上をかけていきます。

  1. 自己紹介を兼ねて今年の目標と抱負を述べる(リョウ)・・・15分
  2. (リョウ退場後)リョウについて知っていること、知りたいこと、知っておいてほしいこと、今年の目標を達成するためにどう貢献できるか、をそれぞれ挙げてもらう・・・合計105分
  3. (リョウがファシリテーターである塩崎から2.の内容を聞いたあと)2.の質問やコメントに答える・・・45分

ざっくり言うとこんな感じで、たっぷり3時間以上。そしてこのあと飲み会です。

意思の疎通を図るためには、一方的な宣言だけではダメで、上司と部下、お互いの疑問や思いを共有することが大切ですよね。

その必要性はすごく分かりますが、それにしてもこの「出会い」の部分にこれだけの時間をかける、ということにまず驚きました。(リョウが3次会を終えて帰宅したのは午前3時を超えていた、という設定になっています)

それだけではなく、翌週の金曜から土曜にかけて、会社を離れて山中湖での合宿が開催されます。

オフサイト・ミーティング

「職場とは異なる非日常の環境でミーティングを行うこと」。確かに会社の会議室より自由な意見が出そうです。

ただし、ただお互いのコミュニケーションを深めることが目的ではありません。

インテグレーションではできなかった、チームとしての高い目標をどのように達成するか、という具体的な事案をとことん煮詰めていくことが目的です。

リョウは着任する部署である製品開発センターのコストや開発成果などを事前に分析しています。

それらのデータをもとに、議論が散漫にならないようしっかりした準備も怠りません。

そして何より重要なのは、塩崎という優秀なファシリテーターがいることです。彼がリョウと部下たちとの橋渡し役となり、また中和する役割も負っています。

そしてSWOT分析によって全体の意識をまとめ、センターの経費1割減という高い目標への議論へと移ります。

そこではブレーンストーミングのノウハウや、「スノーフレーク」と呼ばれるアイスブレイク、さらに夜にはペアになって「目隠し案内」というコミュニケーションゲームを行うなど、さまざまなスキルが紹介されます。

これらによってコストダウンのための具体的なアクションが出てくる、そういう展開です。

ファシリテーションを教育に

ところで、このオフサイト・ミーティング終了後、リョウが部下たちにこう語る場面があります。

(学校の)教室という双方向コミュニケーションのできる、せっかくの場を、一方的に先生の言うことを聞く場にしておくのは、もったいない限りです。(中略)皆が一緒にいる教室では、もっとファシリテーション的なものを取り入れ、インタラクティブに多様な見方を交換し、刺激し合う場にしていくべきだと思います。(中略)学校の先生がファシリテーターになる必要はありませんが、ファシリタブな先生となって、教室がもっとインタラクティブになるべきだと思いますね。

ファシリテーションを通じて、自ら積極的に表現し、かつ他人の意見もよく聴くという姿勢を学ぶことができると思います。姿勢だけでなく、その具体的なスキルも学べます。日本人になじみやすいものだと思うのです。(中略)集団だけではなく、個人の成長を促すきっかけにもなると思います。

第2章「開発センターの改革」

まさに、いま学校で行われようとしている改革の姿を、15年も前に提示してくれていました。

「アクティブ・ラーニング」という言葉に代表されるように、知識詰め込み型の教育からの脱皮が叫ばれています。

そのためにも教師は、こうしたファシリテーションをもっと学ぶ必要があるのではないか、ということを最近考えていました。

自分自身もまだまだ道半ば手前ではありますが・・・

反勢力にどう対応するのか

ファシリテーターが会議の目的を明示し、それに向かって話し合いを進めようとしても、中にはそれに対抗、反対する人物や勢力が必ずあるものです。

この物語にも、たとえば「武田室長」という人物が登場します。

主人公リョウが新しく開発センター長となり、彼はその部下となるのですが、「技術的には評価の高い人だが、技術至上主義的な気分の強いタイプ」です。

リョウは最初のインテグレーションの際、亀井社長からの命でもある「センターの運営費1割コストダウン、70パーセント高のアウトプット」という「高すぎる」目標を掲げました。

その時武田は、それは現実的じゃない。リョウが担当していたマーケティングとは違う。製品開発はそう簡単に成果は出せない。と反論します。

さらにオフサイトワークアウトでも同じ言葉を繰り返し、あくまで自説を曲げません。

悪いのは我々の技術力ではない。顧客のニーズを引き出し、商品開発のターゲットを設定するマーケティングがろくな案件を見つけてこないからだ。

別の部署のせいにしているだけでは問題は解決しないとリョウが言っても、「マーケティングのことは、マーケティングが解決するしかないだろう。我々の問題じゃないよ」と言い捨てます。

どこの組織にもいそうな、自分の意見が正しいと信じ切って、それを声高に主張する人物です。

変化を拒む武田の気持ちを察したリョウは、時間をかけ、他の室長が集めた意見とデータを積み重ねて集約しようとしますが、武田は納得しません。

武田の主張する問題点をすべてカバーして結論を出しても、感情的なものは払拭できないのです。

リョウはその会議をさっと打ち切り、オフラインで直接武田と話すことにします。

感情的なものを公的な場に持ち込まないようにすることも大事なのでしょう。

その後の武田の動きははっきり書いてありませんが、最終的にマーケティング本部と製品開発センターの統合という大きな組織改革がなされ、武田は別の部署、品質管理部の部長に昇進します。

製品の品質管理を強化すべきという課題の解決のために、武田の性格や能力が適任だとリョウは見抜き、社長の亀井にその人事を提案したのです。

果たして武田は、不良品を良品と偽って出荷していたという大きな問題を発見し、会社の危機を救うことになります。

と言うより、ここまでリョウが腐心してきたファシリテーションスキルを生かしての組織改革が実を結んだということです。だから危機意識を皆が共有できたのでしょう。

武田のような人物を排除せず、どのように対処し、またどう生かすことが大切か。

どこにでもいる人物像なだけに、リョウの対応はとても参考になりました。

ファシリテーションスキルの生かし方

もうひとり、渡瀬製造本部長という重役が登場します。

彼を含めた幹部会メンバーでの合宿をリョウは提案し、亀井も了承します。

会社の「コスト構造を抜本的に変え、売り上げを伸ばすための議論」を3日間かけて徹底的に行うというものです。

ところが、会議の最初にリョウと塩崎がファシリテーションをすると言ったとき、すかさず渡瀬は「そのファシリ何とか、というのは何ですかな?」と口を挟みます。

ファシリテーションの意味が分かっているうえで、あえて横槍を入れていることは、その言い方に棘があることで分かります。

このときリョウは、「ファシリテートしますと言うと嫌がられる。記録係を買ってでれば、誰からも抵抗されず、自然にファシリテートする機会が得られる」というベテランファシリテーターの言葉が頭をよぎり、笑顔で、ゆっくりと、

「ファシリテーション、ですね。言葉の意味はおわかりかと思いますが、要は、みなさんの話がうまく進むように、お手伝いさせていただくということです。」

「(司会をするということか、という渡瀬に対し)ハイ、司会もしますし、記録係もさせていただきます。会議が効果的に進むことなら、何でもさせていただきます。」

何の力みもない。まるで合気道の達人が、相手の直線的な攻撃をかわすようだった。

第3章 全社改革へ

そのあとリョウが「モアorレス」というエクササイズ(将来の姿をイメージしてビジョンづくりなどをするときに使われるファシリテーション手法のひとつ)を行っていると、

「子供だましみたいなことはやめて、さっさと本題に入ってほしいな。なんなら、私のほうから製造本部の考えを説明させてもらおう。」と渡瀬。

リョウは「まずストーミングからだ」と自分自身に言い聞かせ、渡瀬にいったんバトンを渡すことにします。

この後も渡瀬は同じような態度をとり続け、最後まで変わらないように見えたのですが・・・

ピンチはチャンス!?

武田品質管理部長の発見した不良品出荷問題は、会社にとって大きなピンチだったわけですが、このとき、渡瀬にも変化が見られました。

問題発見から3か月後、製造、品質管理、技術部門の主だった人50名ほどが集められ、事の経緯や怒れる顧客の声、などを共有します。

その後、小グループとなって何が悪かったのか、今後の仕事の進め方について議論する、ということになったとき、渡瀬が発言します。

「製造本部長として、非常に反省していることがあるので、この場を借りて一言申し上げたい。(中略)少しでも歩留まりを上げたいという私の熱意が誤って伝わり、今回のようなことが起こったのではないかと深く反省しているところです。今後は管理のあり方を改め、二度とこのようなことがないよう努めたいと思います。」

突然のこの話に、全員が驚きながら聞き入ります。

あれほど自分の「正しさ」を曲げなかった渡瀬が、会社の重大な危機に直面したとき、はじめて自分の非を認めたのです。

役員でもあり、長年の業績もあり、社長の亀井でさえなかなか渡瀬の気持ちを変えるのは難しかったのですが。

こうして見ていくと、リョウが中心となって会社の組織改革を続けてきたことが、結果的に頑なだった個人の意識も変えた、ということが言えると思います。

社長の亀井がこう言っています。

「いくらいい戦略やプランを立てても、私が叱咤しても、社員がその気になって、日々の行動を変えていかなければ組織は変わらない。(中略)皆評論家なんだよ。ここで大きく成長分野に食い込み、収益性を増して財務体質を改善していかなければ、ますます激しくなる国際競争には勝ち残れない。そのためには何かが必要だった。それが、黒澤クンが起こしている『社員の行動の変化』なのだよ。」

黒澤涼子のもつ「ファシリテーションスキル」そしてマインドが、組織と人を変えていく、そのダイナミズムを堪能することができました。

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