此岸に生きるということ

日々のこと

今日8月14日は旧盆の中日。膝の痛みがなかなか引かず、このお盆中はランニングを少し休もうと思っているので、何をするでもなくのんびりと過ごしました。

昨夜は3人の子どもたちも揃って食事。今年は5月の旅行がありましたが、例年全員が集まれるのはこのお盆と暮れから正月の年2回だけです。

一人や二人で食べることの多い食事と違って、家族全員がそろってのにぎやかな食卓は、よりおいしく感じられますね。

・・・「全員」ね。

今日は朝からものすごく暑かったり、急に激しい雨が降り出したり、まるで「天気の子」そのままの不安定な天気でした。

夕方、暗い雲が大部分を占める空を見ていると、昨夜のそれは「全員」と言っていいのか、と思えてきます。

妻が亡くなったのが平成25年。去年までならすぐ、あれから何年と分かったのに、元号が変わった今年からは少し計算しないとならなくなりました。

6年という歳月が経ったことが、あっという間だったようでもあり、まだ6年というようでもあり、不思議な感覚です。

少なくとも3回忌までの2年間の時間の過ぎ方と、その後の4年とは違っていました。

子どもたちを見ていてもそうですが、人はちゃんと、「日にちぐすり」で生きていけるんだなあと思えます。

「天気の子」で、陽菜を救おうとする帆高が言います。雲の上のこの草原は、彼岸だ。僕らがいてはいけない世界だ。ここは死者の世界だ、と。

「天気の子」の雲を見ながら、その場面を思い出し、いま自分たちがいるこの世界は紛れもなく「此岸」なんだと。

どんな現実があろうとも、それを受け入れ、幸せを願うことしかできない此岸の住人だと。

「彼岸」はよく使われる言葉だけど、対義語の「此岸」は日常ほとんど意識していない言葉ですよね。

でもこのお盆の時期だけは違います。彼岸にいる人たちがこちら側に帰ってくる、ふだんはそんなことすっかり忘れているのに、です。

…そういえば、昨年もこの時期に、いつもは見ない妻の夢を見ました。

つらい思い出を上手に忘れてふだんは過ごしているけれど、この時期だけはしっかり思い出していいのかな。

「天気の巫女」でなくなった陽菜が祈っていたように手を合わせて。

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