「イリュージョン」(リチャード・バック)の心に残る言葉

ココロ

日曜日のABDで読んだ「イリュージョン」。名前は知っていても読んだことはありませんでした。

「かもめのジョナサン」が日本でベストセラーになったのが1974年だそう。ということは読んだのは高校生だったのか?もしかして中学生?

読んだといってもベストセラーだからとりあえずだったので、内容もよく分かりませんでした。

かもめのジョナサンが他の仲間と違う自由な行動を取って…ラストはどうなったんでしたっけ?

そんな感じだったので、のちにこの「イリュージョン」が出ても関心がなかったんですね。

だけどつくづく思います。本もまさに出会いだって。

ABD公認ファシリテーターのニシイさんが持ってきてくれて、「U理論よりコレ!」というプレゼンに惹かれなければ読むことはなかったんですからね。(U理論、未だによく分かってないですが)

ABDですから、この「イリュージョン」を全部読んだわけではなく、全部読もうにももう絶版です。

でも自分が担当した箇所にあった言葉がすごく響いて、たぶん忘れないんじゃないかと。

うろ覚えですが、こんな感じ。

傷つくか傷つかないかは、本人が決める

ぼく(リチャード)がドナルド(救世主とされる)に言います。「やりたいことは何でも自由にやってかまわない。ただし他人を傷つけてはいけない。」

でもドナルドは、傷つく傷つかないは本人が決めること。他人を傷つけるかどうかなんて考えなくていいんだ、と。

そしてぼくの前に人の生き血を吸わなければ生きていけない吸血鬼を登場させます。

ぼくは自分の身を守るために吸血鬼を攻撃しようと身構えるのですが、それこそがドナルドが言いたいことだったのです。

お互いの欲望、生きるか死ぬかの要求が対立したときにはそんなこと考えていられないだろ?と。

「人に迷惑をかけてまで自由に生きる」のは悪。そういう固定観念、綺麗事を根底から否定してくれます。

他者を傷つけずに生きることなんてそもそも不可能なのに、理想ばかりを掲げて不自由に生きている人々へのアンチテーゼです。

そして何より、今生きる世界だけが現実のすべてだと考えることの愚かさをドナルドは述べます。

大切なのは想像することだ

「ぼく」が自分の中の寂しさ、孤独を訴えると、「きみは何もしなくても自然に人をひきつけているんだ。」

でもそれには信頼が必要だろ?と言うと、「信頼はいらない。必要なのは想像力だ。」

大切なのは「想像力」。それによって生み出されるイリュージョン。

そして「ぼくは幸せになろうと生きている。やりたいことは自由にやる。責任とは、自分が選んだ生にこたえられることだ。」と言うと、

ドナルドは「これできみも救世主だ」と。

自由にやりたいことをやって幸せに生きる世界、それは想像力によって生み出せる。人への責任なんて考えなくていい。自分が選んだ生き方を信じて行動すれば必ずきみはそれを手に入れられる…

ドナルドが話すことは、現実からあまりに乖離していて、そのあと彼は怒った民衆に銃で撃たれるようです。(読んでません)

でもドナルドの考え方からすれば、殺すのも殺されるのも、その人が望んだ生き方なのだから、それを恨むことはない。

殺したのも「友だち」だと。


重苦しい現実に苦しみながらも、その現実にしか生きられないと思い込んでいる私たち。

そうでした、想像力さえあれば。そう思っていたはずなのに、どこか忘れていましたね。

「ぼくたちにはほかにもいくらでも世界を創造できますし、創造できるのです」

そうドナルドは言います。

60歳からの新しい生き方の想像と創造…

この出会いが、そこに向かう勇気を与えてくれました。

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