「思い込み」に気づく
2030SDGsのファシリテーター養成講座から10日。リトライ(追試験)にもなんとか合格してほっとしてはいますが、あの3日間に学んだこと、気づかされたことはずっと心の奥にとどまっています。
なかでも、「メンタルモデル」の構造を具体的に、しかも自分を含め参加者の実体験を通して考えさせられたことは衝撃でした。
メンタルモデル(英: mental model)とは、頭の中にある「ああなったらこうなる」といった「行動のイメージ」を表現したものである。表象 (representation) と密接な関係を持つ。
メンタルモデルは、外界の現実を仮説的に説明するべく構築された内的な記号または表現であり、認識と意思決定において重要な役割を果たす。メンタルモデルが構築されると、時間とエネルギーを節約する手段として慎重に考慮された分析を置換する。
単純な例として、「野生動物は危険だ」というメンタルモデルがあるとする。このメンタルモデルを保持する人は、野生動物に遭遇したとき反射的に逃げようとするだろう。これは自身のメンタルモデルを適用した結果であり、野生動物に対するメンタルモデルが形成されていない人や違うメンタルモデルを保持している人はこのような反応はしないと考えられる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
誰にでもこのメンタルモデル、つまり価値観、思い込みがあります。そしてそれには自覚的なものもあれば、無自覚なものも存在する。けれど「思い込み」である以上、ほとんどは無自覚なものだと言っていいでしょう。
そして無自覚な自分の価値観が、他者に対して適用され、感情が揺さぶられる。
他の人にはなんでもないようなことが気に障ったりイライラしたりするのも、そういうことなんですね。
そうやって過去の自分の感情や行動を振り返ってみると、思い当たることがありすぎます。
いちばん最近のこと(すごく小さなことですが)で言えば、たとえばゲストハウスに泊まっていて、サービスのコーヒーをカップに入れようとしたときです。
スイッチを入れてもコーヒーが出ないので、ちょうど近くにいたスタッフ(外国の若い女性です)に声をかけたら、すぐ直してくれました。
そのスタッフの女性とは一度会話を交わしたこともあり、決して悪い印象も持っていなかったのですが、そのとき彼女、歯を磨いている最中だったんですね。
で、彼女が無言で(歯磨き中だから当然なのですが)コーヒーマシンを直して去って行ったことに対して、「ん?」という違和感を感じた自分がいました。
なんで歯を磨きながらなの? なんで無言なの? それってちょっと失礼じゃないの?
と感じてしまった自分がいました。
でも、すぐ気づいたんです。自分だって家のリビングで歯磨きして、子どもにやめてほしいと言われているのを。しかも「そのくらいいいだろう」と思っている自分がいることも。
そしてこの話を講習会で共有したときに、自分の違和感がそれほどみんなに共有される感情でもない、ということにも気づきました。
自分が普段している行為(リビングでの歯磨き)に対し、それを快く思わない他者がいるが、それを否定的に見ている自分がいる。
けれど、他者が同じことをすると、不快に思う自分がいる、という矛盾。
そこに気づかなければ、いつまでも他者の考え方や行動を否定し続けていたでしょう。
自己のあり方(Being)に気づく
通常は、「相手が悪い」と外側に責任を求め、相手を批判したり攻撃的になったり。相手が変わらないならば無視したり。
そうではなく、「自分の内側に原因があるかもしれない」と内省する。相手を変えるのでなく、自分を変える。
それはとりあえず大げさな自己変革ではなく、まず「『相手が悪い』と否定的に見ている自分がいるな。」と気づくことが大事だそうです。
「『相手が悪い』と否定的に見ている自分」を責め、それを改善しようと対処すると、今度は「『相手が悪い』と否定的に見ている自分を責め、それを改善しなければならない」という自分に陥ってしまう。
そしてそれができないことの抑圧にまた苦しめられる、という堂々巡りになってしまうのだと。
だから、必要なことは「ただ気づき続ける」こと。
「野生動物は危険だ」と思っている人はなにかしら動物に危険を感じたことがあるでしょう。自分が幼いときからの経験が、メンタルモデルを作っているのだということは、考え出すと切りがないくらい思いつくことがあって、怖ささえ感じます。
でも、人間である以上それが普通のことであるなら、過去を後悔するのではなく、今の自分に気づき受け入れ、これからのあり方(Being) を考えていくことが大切なのでしょう。
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