夏目漱石「こころ」~「K」の自死をめぐって~

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定番作品としての「こころ」

教科書には長年掲載され続けている「定番作品」というものがあって、主に小説です。

1年次では「羅生門」(芥川龍之介)

2年次では「こころ」、「山月記」(中島敦)

3年次では「舞姫」(森鴎外)

記憶では、私が高校生の頃からもう載っていた気もしますから、もう50年くらいにはなるんでしょうかね。

どの出版社の教科書もこれらを外していないのは、現場の先生方の強い意向があるということ。それだけ生徒に読ませたい、魅力的な作品ということです。

それにしても日本人のほとんどが読んでいる小説ってことですから、ものすごいことですよね。

そのなかでもこの「こころ」は、今から100年以上前の小説であるのに、少しも古びずに強く何かを考えさせてくれます。

38年間の教員生活の中で、もっとも心に残っている教科書の作品を挙げよ、と言われたら迷わずこの「こころ」です。

2年生を担当するたびにこれを教材としているので、おそらく20回以上は授業している、それだけ繰り返し読んでいるはずですが、そのたびに気づきがあります。

そして何より、主要な人物である「K」が自死してしまうのですが、その理由が未だに謎のままです。

もちろん漱石はそれをはっきりと書かないまま筆を置いているのですが、授業ではこのことを生徒と一緒に考えて、この小説の深みを味わってきました。

「K」はなぜ自ら死を選んだのでしょう。

「K」について

1 「K」とはどんな人物か。(生い立ち・性格・信条)

教科書には長編小説「こころ」の全文が載っているわけではありません。「K」についての描写もすべて網羅できないので、掲載部分から読み取れることをまとめます。

 ・寺の次男として生まれ、医者になる条件で養子に行く。
 ・養家の意向に反して宗教や哲学に関心を持ち、別(修行・精進)の道を進もうとして絶縁される。
 ・次第に神経衰弱となり、親友の「私」の援助を受ける。
 ・信念に基づき、一人で進んでいく度胸も勇気も持っている。(強い意志と実行力の持ち主)
・道のためにはすべてを犠牲にすべきものというのが第一信条→恋そのものも道の妨げ(禁欲的)

生徒には最後のほうで提示しますが、教科書の省略箇所にはこんな描写があります。

(「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」という三部構成になっており、最後の「先生と遺書」は先生を慕う若い「私」に充てた長い手紙です。そこからの引用です。)

二十二                                       (前略)Kの復籍したのは一年生の時でした。それから二年生の中頃になるまで、約一年半の間、彼は独力で己れを支えていったのです。ところがこの過度の労力が次第に彼の健康と精神の上に影響して来たように見え出しました。それには無論養家を出る出ないの蒼蠅い問題も手伝っていたでしょう。彼は段々感傷的になって来たのです。時によると、自分だけが世の中の不幸を一人で背負って立っているような事をいいます。そうしてそれを打ち消せばすぐ激するのです。それから自分の未来に横たわる光明が、次第に彼の眼を遠退いて行くようにも思って、いらいらするのです。学問をやり始めた時には、誰しも偉大な抱負をもって、新しい旅に上るのが常ですが、一年と立ち二年と過ぎ、もう卒業も間近になると、急に自分の足の運びの鈍いのに気が付いて、過半はそこで失望するのが当り前になっていますから、Kの場合も同じなのですが、彼の焦慮り方はまた普通に比べると遥かに甚しかったのです。私はついに彼の気分を落ち付けるのが専一だと考えました。

 私は彼に向って、余計な仕事をするのは止せといいました。そうして当分身体を楽にして、遊ぶ方が大きな将来のために得策だと忠告しました。剛情なKの事ですから、容易に私のいう事などは聞くまいと、かねて予期していたのですが、実際いい出して見ると、思ったよりも説き落すのに骨が折れたので弱りました。Kはただ学問が自分の目的ではないと主張するのです。意志の力を養って強い人になるのが自分の考えだというのです。それにはなるべく窮屈な境遇にいなくてはならないと結論するのです。普通の人から見れば、まるで酔興です。その上窮屈な境遇にいる彼の意志は、ちっとも強くなっていないのです。彼はむしろ神経衰弱に罹っているくらいなのです。(後略)

二十四(前略)私にいわせると、彼は我慢と忍耐の区別を了解していないように思われたのです。(中略)ただ困難に慣れてしまえば、しまいにその困難は何でもなくなるものだと極めていたらしいのです。艱苦を繰り返せば、繰り返すというだけの功徳で、その艱苦が気にかからなくなる時機に邂逅えるものと信じ切っていたらしいのです。(後略)

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

「K」はこんな人物でしたから、「私」(=若いころの「先生」)は、経済的にも精神的にも苦しんでいた彼をなんとか救いたいと考えていました。それは、父母を失い、信頼していた叔父にも裏切られ、天涯孤独の身である自分だからこそ彼の気持ちを理解できると考えていたからでもあるでしょう。

また「K」にとってもそんな私の存在はとても大きなもので、唯一の理解者と考えていたのだと思います。

しかし、「私」の下宿先の「お嬢さん」をめぐって、「私」の心情は揺さぶられます。

お嬢さんに対して好意を持っていた「私」は、「K」もまたお嬢さんのことを思っているのではないかという疑いを持ち、平穏ではいられなくなります。

客観的に比較すると「K」のほうが自分よりも魅力的なうえ、お嬢さんの態度もまた謎めいており、このままだとお嬢さんを取られるのではないかと焦るのです。

「K」は「K」で、自分の心が整理できずに悩んで(その悩みがどのようなものなのかははっきりしない)いて、ついにそれを「私」に相談します。

図書館で調べ物をしていた「私」を呼び出し、こんなことを話します。

2 図書館を出たあと、「K」はどのようなことを私に告げたか。

進むべきか退くべきかに迷っているということ。(お嬢さんへの恋? 道?)
・自分が弱い人間であることが恥ずかしく、自分で自分がわからなくなってしまったので私に公平な批評を求めたいということ。
・(「退こうと思えば退けるのか」と聞いた「私」に対して)「苦しい」と言っただけであった。

この「進むべきか退くべきか」ということの内容が問題です。

考えられるのは、今まで通り精進の道を進むのか、それをあきらめるのか。

またはお嬢さんへの気持ちに正直になるのか、それをあきらめるのか。

「私」はこのときそれを後者の迷い、と解釈するわけです。

しかし本当は? 教科書にない部分にこんな描写があります。

二十八

(前略)私はそこ(注:夏休みにKと二人で出かけた房州の海岸の岩の上)に坐って、よく書物をひろげました。Kは何もせずに黙っている方が多かったのです。私にはそれが考えに耽っているのか、景色に見惚れているのか、もしくは好きな想像を描いているのか、全く解らなかったのです。私は時々眼を上げて、Kに何をしているのだと聞きました。Kは何もしていないと一口答えるだけでした。私は自分の傍にこうじっとして坐っているものが、Kでなくって、お嬢さんだったらさぞ愉快だろうと思う事がよくありました。それだけならまだいいのですが、時にはKの方でも私と同じような希望を抱いて岩の上に坐っているのではないかしらと忽然疑い出すのです。すると落ち付いてそこに書物をひろげているのが急に厭になります。私は不意に立ち上ります。そうして遠慮のない大きな声を出して怒鳴ります。纏まった詩だの歌だのを面白そうに吟ずるような手緩い事はできないのです。ただ野蛮人のごとくにわめくのです。ある時私は突然彼の襟頸を後ろからぐいと攫みました。こうして海の中へ突き落したらどうするといってKに聞きました。Kは動きませんでした。後ろ向きのまま、ちょうど好い、やってくれと答えました。私はすぐ首筋を抑えた手を放しました。(後略)

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

「ちょうど好い、やってくれ」。

「死」への誘いはすでに「K」の心をとらえていたのでしょう。

「K」への痛烈なひと言

「進んでいいか退いていいか迷う」ので、私に相談するしかないと言う「K」。その具体的な内容ははっきりしませんが、いつも強情で頑なな「K」に似合わないその態度を「私」は不審に感じます。

しかし、このとき「私」の心を捉えていたのは「K」は恋愛のライバルであるという見方です。

孤独で精神的に病んでいた彼をなんとか救いたいとずっと考えていた「私」ですが、その時はお嬢さんを奪われたくない、という一念でした。

そこで「私」は、痛烈なひと言を言い放ちます。

Kが理想と現実の間に彷徨(ほうこう)してふらふらしているのを発見した私は、ただ一打(ひとうち)で彼を倒す事ができるだろうという点にばかり眼を着けました。そうしてすぐ彼の虚(きょ)に付け込んだのです。私は彼に向って急に厳粛な改まった態度を示し出しました。無論策略からですが、その態度に相応するくらいな緊張した気分もあったのですから、自分に滑稽(こっけい)だの羞恥(しゅうち)だのを感ずる余裕はありませんでした。私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿(ばか)だ」といい放ちました。これは二人で房州(ぼうしゅう)を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。私は彼の使った通りを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかし決して復讐(ふくしゅう)ではありません。私は復讐以上に残酷な意味をもっていたという事を自白します。私はその一言(いちごん)でKの前に横たわる恋の行手(ゆくて)を塞(ふさ)ごうとしたのです。

Kは真宗寺(しんしゅうでら)に生れた男でした。しかし彼の傾向は中学時代から決して生家の宗旨(しゅうし)に近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは承知していますが、私はただ男女(なんにょ)に関係した点についてのみ、そう認めていたのです。Kは昔から精進(しょうじん)という言葉が好きでした。私はその言葉の中に、禁欲(きんよく)という意味も籠(こも)っているのだろうと解釈していました。しかし後で実際を聞いて見ると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、摂欲(せつよく)や禁欲(きんよく)は無論、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害(さまたげ)になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。その頃(ころ)からお嬢さんを思っていた私は、勢いどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑(ぶべつ)の方が余計に現われていました。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

3 その「K」に対して私がとった行動はどのようなものか。


・「精神的に向上心のないものはばかだ」という、かつて「K」が私に言ったことばを投げつけ、お嬢さんへの恋をあきらめさせようとした。←「K」に精神的な打撃を与え、恋愛は「K」の信念に反することを確認させる。(復讐以上に残酷な意味)
・「K」と私の利害の衝突を恐れた=単なる利己心の発現
・「K」に対して、(恋を)やめる覚悟があるのかを問いただした。

「精神的に向上心のないものはばかだ」という言葉は、かつて「K」が「私」に対して使った言葉でした。

そのとき「私」はお嬢さんと「K」との関係に悩んでおり、「K」が語りかける真面目な話にうわの空でいたのです。そんな「私」の心をまったく知らない「K」は、この言葉で私を批判しました。

まさに返す刀で「私」は「K」を斬りつけたことになります。

精進して立派な人間になることを第一信条としている「K」にとって、また人一倍プライドの高い「K」にとって、この言葉の持つ重い意味を「私」はよく知っていました。

かつて言われた言葉を復讐としてではなく、「K」の恋をあきらめさせるために使いました。

果たして「K」はその苦しさに耐えられず、「その話はもうやめよう」と言います。

しかし「K」の無防備なこころをつかみきっていた(と思っていた)「私」は、さらに続けます。

「K」の矛盾を突く

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていました。

「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」

Kはぴたりとそこへ立ち留(ど)まったまま動きません。彼は地面の上を見詰めています。私は思わずぎょっとしました。私にはKがその刹那(せつな)に居直(いなお)り強盗のごとく感ぜられたのです。しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいという事に気が付きました。私は彼の眼遣(めづか)いを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、徐々(そろそろ)とまた歩き出しました。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

「僕は馬鹿だ」と認めるしかない「K」。すべてを犠牲にして進んできた道と、今の自分が恋心を抱いてしまっていることの矛盾。

しかし「私」にあるのは、「K」が道に進もうがやめようがどちらでもいい。問題は彼がお嬢さんへの恋をあきらめてくれることだ、という必死さだけです。

普段は誠実で、良心的なはずだった「私」に、その卑怯な内面は見えていませんでした。

「私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗(あん)に待ち受けました。あるいは待ち伏せといった方がまだ適当かも知れません。その時の私はたといKを騙(だま)し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍(そば)へ来て、お前は卑怯(ひきょう)だと一言(ひとこと)私語(ささや)いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。ただKは私を窘(たしな)めるには余りに正直でした。余りに単純でした。余りに人格が善良だったのです。目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。

Kはしばらくして、私の名を呼んで私の方を見ました。今度は私の方で自然と足を留めました。するとKも留まりました。私はその時やっとKの眼を真向(まむき)に見る事ができたのです。Kは私より背(せい)の高い男でしたから、私は勢い彼の顔を見上げるようにしなければなりません。私はそうした態度で、狼(おおかみ)のごとき心を罪のない羊に向けたのです。

「もうその話は止(や)めよう」と彼がいいました。彼の眼にも彼の言葉にも変に悲痛なところがありました。私はちょっと挨拶(あいさつ)ができなかったのです。するとKは、「止(や)めてくれ」と今度は頼むようにいい直しました。私はその時彼に向って残酷な答を与えたのです。狼(おおかみ)が隙(すき)を見て羊の咽喉笛(のどぶえ)へ食(くら)い付くように。

「止(や)めてくれって、僕がいい出した事じゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないか。しかし君が止めたければ、止めてもいいが、ただ口の先で止めたって仕方があるまい。君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」

私がこういった時、背(せい)の高い彼は自然と私の前に萎縮(いしゅく)して小さくなるような感じがしました。彼はいつも話す通り頗(すこぶ)る強情(ごうじょう)な男でしたけれども、一方ではまた人一倍の正直者でしたから、自分の矛盾などをひどく非難される場合には、決して平気でいられない質(たち)だったのです。私は彼の様子を見てようやく安心しました。すると彼は卒然(そつぜん)「覚悟?」と聞きました。そうして私がまだ何とも答えない先に「覚悟、――覚悟ならない事もない」と付け加えました。彼の調子は独言(ひとりごと)のようでした。また夢の中の言葉のようでした。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

4 「K」が「覚悟、覚悟ならないこともない。」と言ったときの覚悟の意味はどのようなものだと考えられるか。

この問いは、この箇所を読んだところでいったん考えますが、もちろん正解はありません。しかし「K」の自死の原因を考えるうえで非常に重要なところです。

道をあきらめる「覚悟」なのか。

お嬢さんをあきらめる「覚悟」なのか。

自ら命を絶つ「覚悟」なのか。

おそらくこのとき、「K」の心の中は信念を貫けない自分を許せないという思いでいっぱいだったでしょう。

しかしこの時点で「死」を思っていたとしても、「ないことはない」という言い方からは、まだ迷いが感じられます。

いや、むしろそれは否定の強調、つまり強い覚悟を表していたのかもしれません。

いずれにせよ、「K」が死を選ぶのはもう少し先のことです。「ちょうど好い、やってくれ」と言っったとき、この「覚悟」という言葉を言ったとき、その時点からしばらくの間、彼は何を考えていたのでしょうか。

そして最後に自決したとき、その決め手になるものは何だったのでしょうか。

「覚悟ーー覚悟ならないこともない。」

そう言った「K」の思い、真相は藪の中です。

しかしこのあと「私」は、当初考えていた「恋をあきらめる覚悟」とは違い、それを「お嬢さんとの恋に進む覚悟」と考えてしまいます。

5 私は「K」の「覚悟」の内容をどのように受け取ったか。また、それはなぜか。

・お嬢さんに対して進んでいくこと
・(理由)すべての疑惑、煩悶、を一度に解決する最後の手段として、「K」の果断に富んだ性格が恋の方面にも発揮されると思い込んだから。

そして「K」が次の行動に出る前に片をつけよう、と焦った「私」は「K」に黙ってお嬢さんの母(「奥さん」)に結婚の承諾を懇願します。

こうして「私」は恋のライバルである「K」に勝ったのですが、今度はそのことをどうやって「K」に告げるのか、という点に頭を悩ますことになりました。

6 私が、お嬢さんとの婚約を「K」に話せなかったのはなぜか。


・婚約の決まった日、「K」から私の体を心配する言葉をかけてもらった際、良心に従って謝罪しようとしたが、私の策略を奥さんやお嬢さんに知られたくないと思ってしまったから。
・「K」にどのような弁護もうまくできないと考えたから。
・本当のことを話すと、自分の倫理的な弱点を奥さんとお嬢さんに知られてしまい、信用をなくすと考えたから。

そうしているうちに、「私」の思惑や事情を知らない奥さんは、「私」とお嬢さんの結婚を「K」に告げてしまいます。

四十七                                  五、六日経(た)った後(のち)、奥さんは突然私に向って、Kにあの事を話したかと聞くのです。私はまだ話さないと答えました。するとなぜ話さないのかと、奥さんが私を詰(なじ)るのです。私はこの問いの前に固くなりました。その時奥さんが私を驚かした言葉を、私は今でも忘れずに覚えています。

「道理で妾(わたし)が話したら変な顔をしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか。平生(へいぜい)あんなに親しくしている間柄だのに、黙って知らん顔をしているのは」

 私はKがその時何かいいはしなかったかと奥さんに聞きました。奥さんは別段何にもいわないと答えました。しかし私は進んでもっと細(こま)かい事を尋ねずにはいられませんでした。奥さんは固(もと)より何も隠す訳がありません。大した話もないがといいながら、一々Kの様子を語って聞かせてくれました。

 奥さんのいうところを綜合(そうごう)して考えてみると、Kはこの最後の打撃を、最も落ち付いた驚きをもって迎えたらしいのです。Kはお嬢さんと私との間に結ばれた新しい関係について、最初はそうですかとただ一口(ひとくち)いっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで下さい」と述べた時、彼ははじめて奥さんの顔を見て微笑を洩(も)らしながら、「おめでとうございます」といったまま席を立ったそうです。そうして茶の間の障子(しょうじ)を開ける前に、また奥さんを振り返って、「結婚はいつですか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」といったそうです。奥さんの前に坐(すわ)っていた私は、その話を聞いて胸が塞(ふさが)るような苦しさを覚えました。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

「K」がちょっと変な顔をしたことは、「私」とお嬢さんの結婚が思いがけないことだったことを表しているでしょう。そしてそのあと「おめでとうございます」「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」と極めて冷静に言った、そのときはどんな気持ちだったのでしょうか。

その後も「K」は平然と過ごしていました。「私」は彼のその超然とした態度に敬服します。

四十八                                        「勘定して見ると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。その間Kは私に対して少しも以前と異なった様子を見せなかったので、私は全くそれに気が付かずにいたのです。彼の超然とした態度はたとい外観だけにもせよ、敬服に値(あたい)すべきだと私は考えました。彼と私を頭の中で並べてみると、彼の方が遥(はる)かに立派に見えました。「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」という感じが私の胸に渦巻いて起りました。私はその時さぞKが軽蔑(けいべつ)している事だろうと思って、一人で顔を赧(あか)らめました。しかし今更Kの前に出て、恥を掻(か)かせられるのは、私の自尊心にとって大いな苦痛でした。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

こうして「私」は、どうするという結論も出ないままにいたのですが、ある土曜の晩、事件は起こります。

 私が進もうか止(よ)そうかと考えて、ともかくも翌日(あくるひ)まで待とうと決心したのは土曜の晩でした。ところがその晩に、Kは自殺して死んでしまったのです。私は今でもその光景を思い出すと慄然(ぞっ)とします。いつも東枕(ひがしまくら)で寝る私が、その晩に限って、偶然西枕に床(とこ)を敷いたのも、何かの因縁(いんねん)かも知れません。私は枕元から吹き込む寒い風でふと眼を覚ましたのです。見ると、いつも立て切ってあるKと私の室(へや)との仕切(しきり)の襖(ふすま)が、この間の晩と同じくらい開(あ)いています。けれどもこの間のように、Kの黒い姿はそこには立っていません。私は暗示を受けた人のように、床の上に肱(ひじ)を突いて起き上がりながら、屹(きっ)とKの室を覗(のぞ)きました。洋燈(ランプ)が暗く点(とも)っているのです。それで床も敷いてあるのです。しかし掛蒲団(かけぶとん)は跳返(はねかえ)されたように裾(すそ)の方に重なり合っているのです。そうしてK自身は向うむきに突(つ)ッ伏(ぷ)しているのです。

 私はおいといって声を掛けました。しかし何の答えもありません。おいどうかしたのかと私はまたKを呼びました。それでもKの身体(からだ)は些(ちっ)とも動きません。私はすぐ起き上って、敷居際(しきいぎわ)まで行きました。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈(ランプ)の光で見廻(みまわ)してみました。

 その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の眼は彼の室の中を一目(ひとめ)見るや否(いな)や、あたかも硝子(ガラス)で作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立(ぼうだ)ちに立(た)ち竦(すく)みました。それが疾風(しっぷう)のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策(しま)ったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄(ものすご)く照らしました。そうして私はがたがた顫(ふる)え出したのです。

 それでも私はついに私を忘れる事ができませんでした。私はすぐ机の上に置いてある手紙に眼を着けました。それは予期通り私の名宛(なあて)になっていました。私は夢中で封を切りました。しかし中には私の予期したような事は何にも書いてありませんでした。私は私に取ってどんなに辛(つら)い文句がその中に書き列(つら)ねてあるだろうと予期したのです。そうして、もしそれが奥さんやお嬢さんの眼に触れたら、どんなに軽蔑されるかも知れないという恐怖があったのです。私はちょっと眼を通しただけで、まず助かったと思いました。(固(もと)より世間体(せけんてい)の上だけで助かったのですが、その世間体がこの場合、私にとっては非常な重大事件に見えたのです。)

 

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

「K」の自死。「私」はすぐ、「K」が失恋のために死を選んだと思いました。それは私がお嬢さんを策略で奪ったことが原因です。「私」が「K」を殺したのです。

けれど、「私」にすぐ浮かんだのは、世間体的に「助かった」という思いです。私に裏切られたから死ぬ、と遺書に書いていなければ、その真相は明らかにならないはずです。

親友を死に追いやったという罪の意識よりも、自分の保身に走った。そのことがその後の「私」を苦しめるのですが、この逼迫した時点では何も考える余裕がありません。

「私」は、私宛の「K」の遺書をすぐ手に取ります。

手紙の内容は簡単でした。そうしてむしろ抽象的でした。自分は薄志弱行(はくしじゃっこう)で到底行先(ゆくさき)の望みがないから、自殺するというだけなのです。それから今まで私に世話になった礼が、ごくあっさりとした文句でその後(あと)に付け加えてありました。世話ついでに死後の片付方(かたづけかた)も頼みたいという言葉もありました。奥さんに迷惑を掛けて済まんから宜(よろ)しく詫(わび)をしてくれという句もありました。国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありました。必要な事はみんな一口(ひとくち)ずつ書いてある中にお嬢さんの名前だけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで、すぐKがわざと回避したのだという事に気が付きました。しかし私のもっとも痛切に感じたのは、最後に墨(すみ)の余りで書き添えたらしく見える、もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうという意味の文句でした。

私は顫(ふる)える手で、手紙を巻き収めて、再び封の中へ入れました。私はわざとそれを皆(みん)なの眼に着くように、元の通り机の上に置きました。そうして振り返って、襖(ふすま)に迸(ほとばし)っている血潮を始めて見たのです。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

あくまで「K」の死の原因は「私」ではない、ことの証明に躍起になり、結果的に「K」の死と「私」は誰にも結びつけられることはありませんでした。

しかし、その誰にも言えない苦しみを、「私」は生涯抱え続ける、という代償を負うことになったのです。

それにしても「K」はなぜ「私」とお嬢さんの結婚を聞いても平然としていられたのか、なぜそれを聞いてしばらくしてから死を決行したのか、なぜ遺書にお嬢さんのことは書かなかったのか、「もっと早く死ぬべきだのになぜ」という「もっと早く」とはいつのことなのか、「私」に言った「覚悟」とは何だったのか、・・・謎がたくさんあります。

「K」の死後、「私」は失恋のために死を選んだ、つまり自分が「K」を死に追いやった、と考え、苦しみます。

同時に、そのことを誰にも、もちろん最愛の妻(お嬢さん)にも言えないという孤独に苦しみます。

五十二  私はただ妻の記憶に暗黒な一点を印するに忍びなかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一雫の印気(インキ)でも容赦なく振り掛けるのは、私にとって大変な苦痛だったのだと解釈して下さい。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

五十三  世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させる手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞でした。どこからも切り離されて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

そしてその中で、「K」の死因について、考えを巡らせます。

「私」が「K」を人間らしくさせようと、好意でお嬢さんと近づけたことが、結果的に「K」の信念をぐらつかせることになり、「K」は自己への猜疑心を強めてしまった。

「恋愛か自己の道か」という二者択一の苦しみ? いや・・・

五十三  同時に私はKの死因を繰り返し繰り返し考えたのです。その当座は頭がただ恋の一字で支配されていたせいでもありましょうが、私の観察はむしろ簡単でしかも直線的でした。Kは正しく失恋のために死んだものとすぐ極めてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう容易くは解決が着かないように思われて来ました。現実と理想の衝突、――それでもまだ不充分でした。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまた慄としたのです。私もKの歩いた路を、Kと同じように辿っているのだという予覚が、折々風のように私の胸を横過り始めたからです。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

たった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決した」とはどういうことでしょうか。

思い返せば、「K」が房総への旅行の最中に「ちょうど好い、やってくれ」と言った頃、あるいはそれ以前から、彼には死の観念がとりついていたでしょう。

お嬢さんへの思いが、自分の信念の妨げになったことは間違いありませんし、決して両立できないところで悩んでいたことも確かです。

そのなかで「精神的に向上心のないものは、ばかだ。」という痛烈な言葉を「私」に浴びせられ、「覚悟ならないこともない」と言ったとき、「K」はおそらく「死への覚悟」を強めていました。

そしてその晩、「K」は部屋の仕切りの襖を開けて、「私」の名を呼びます。

上野から帰った晩は、私に取って比較的安静な夜でした。私はKが室へ引き上げたあとを追い懸けて、彼の机の傍そばに坐り込みました。そうして取り留めもない世間話をわざと彼に仕向けました。彼は迷惑そうでした。私の眼には勝利の色が多少輝いていたでしょう、私の声にはたしかに得意の響きがあったのです。私はしばらくKと一つ火鉢に手を翳した後、自分の室に帰りました。外の事にかけては何をしても彼に及ばなかった私も、その時だけは恐るるに足りないという自覚を彼に対してもっていたのです。

私はほどなく穏やかな眠りに落ちました。しかし突然私の名を呼ぶ声で眼を覚ましました。見ると、間の襖が二尺ばかり開いて、そこにKの黒い影が立っています。そうして彼の室には宵の通りまだ燈火が点いているのです。急に世界の変った私は、少しの間口を利く事もできずに、ぼうっとして、その光景を眺めていました。

その時Kはもう寝たのかと聞きました。Kはいつでも遅くまで起きている男でした。私は黒い影法師のようなKに向って、何か用かと聞き返しました。Kは大した用でもない、ただもう寝たか、まだ起きているかと思って、便所へ行ったついでに聞いてみただけだと答えました。Kは洋燈の灯を背中に受けているので、彼の顔色や眼つきは、全く私には分りませんでした。けれども彼の声は不断よりもかえって落ち付いていたくらいでした。

Kはやがて開けた襖をぴたりと立て切りました。

夏目漱石「こころ」(青空文庫より)

寝ている「私」に対して、「もう寝たのか」という呼びかけそのものが奇異ですが、そうせずにはいられなかった「K」の内面が表れています。

「K」は、自死をするしかないという自分の孤独に耐えられず、無意識のうちに「私」に助けを求めたのでしょう。策略で「K」を倒そうとした「私」であるにもかかわらず。

自分の「こころ」を打ち明けられるのは「私」しかいない、という状況の中で。

そうとは知らず、「K」にお嬢さんをあきらめさせたと安心している「私」は、「何か用か」と軽く突き放します。

「K」には、それ以上何も言えません。

「孤独」という絶望がますます強くなっただけです。

そして「私」とお嬢さんの結婚を聞き、「K」は「私」のお嬢さんへの気持ちに気づきます。

自己の生への懐疑とともに、たったひとり自分を理解してくれていた「私」の「こころ」も自分は理解できない・・・

「K」には、それでも「私」しかいません。もう一度「私」に、と「襖」を開けて声をかけます。

次が「こころ」という小説についての、最後の問いです。

7 「K」が「私」の部屋の襖を開けたのはどんな理由からだろうか。

(以下、授業の最後に配ったプリントの内容です。)

この問いも含めて、小説の読みに明確な「正解」があるわけではありません。作者夏目漱石も、「K」の心理については謎を残したまま物語を終えています。

親友で誰よりもKを理解していたはずの「私」も「K」が死んでいる以上、その思いを推測するしかないわけです。

しかし、この小説が人間の「こころ」の不思議さや弱さ、不確かさというものを描いているとすれば、それは今を生きるわたしたちにとっても共通のものであるはずです。


自己と他者の「こころ」について真正面から考えてみること、それがこの物語を読む意義だと思います。以下は私なりの考えをまとめたものですが、そうした点をふまえて、自分のものと照らし合わせてみてください。


Kはすでに死の覚悟を決めていた。遺書も書いていたのかもしれない。だが、本当に自殺するまでには至らなかった。

果断に富んだKの性格からすれば、決めたことはすぐに実行するというのが常であったろうが、やはり「死」という完璧に不可逆的なものを決行することに躊躇があったものと思われる。(その優柔な自身の態度そのものが彼にとっては許し難いものだったろう)

自分のこころと、日頃の言行との不一致という悩みを、今までのように自分一人では解決できなくなったKは、とうとう「私」に助けを求める。図書館での行動は、その最初だっただろう。だが、その時お嬢さんを取られまいと必死だった私は、Kのそうしたこころに気づくことなく、「精神的に向上心のないものはばかだ」と言い放つ。

「この間の晩」と同じく、Kは自分と「私」との部屋の襖を開けて、「私」に呼びかけようとした。自分の悩みについての相談など、はっきりした目的があったわけではない。ただ一人でいることが無性に寂しかっただけなのだ。

襖とは、Kと「私」を仕切る隔たりの象徴であり、それまでその隔たりを解こうと努力していた「私」であったが、この場面では逆にKが開こうとしていたこころの動きを、「私」が気づかなかった、ということではないだろうか。

そして「この間の晩」と違い、そこに寝ていたのはすでにお嬢さんとの婚約を決め、そのことを自分にひと言も告げなかった「私」である。そこにいるのは、Kを本当に理解してくれようとしていた「私」なのか?

Kはそれでも声をかけたかもしれないが、私は目を覚まさなかった。このとき、Kは自分がこの世でたった一人の、孤独な存在であることに耐えきれなくなったのではないだろうか。

『Kが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうかと疑い出しました。』とあるように、深い孤独、絶望がKのこころを覆い尽くしてしまったのではないだろうか。

独力で精進し、道を進むことを信条としてきたKは、それが故にすでに孤独であり、かつ恋愛によってその生きるよすがさえ揺らいでしまっていた。何のために生きているのか懐疑的になっていたKに、私の言葉、行動はあまりにも痛烈だったろう。

私以外によりどころのいないKが、この深い絶望を感じたとしても不思議ではない。「もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう」と墨の余りで書き添えたのはまさにこのときではなかっただろうか。彼の本当の「こころ」はまさにこの一文に集約されているのではないだろうか。

襖は、今度は閉められなかった。私とのこころのつながりを最後までKは感じていたかったのか。迷惑をかけるとわかっていながら、この部屋で死を選んだのもそういうことだったのだろうか。

(もうひとつ、Kは「私」もお嬢さんを好きだったということに、奥さんからの話で初めて気づいた。つまり、自分のことだけで苦しんでいて、「私」のこころに少しも寄り添えていなかった自分という存在に改めて気づかされた。そのこともいっそう彼の孤独を強めたのかもしれない。)

※このあと、オープンエンドの問いについても一緒に考えました。

Kが最後の手紙にお嬢さんの名前を書かなかったのはなぜだろうか。

「すぐKがわざと回避したのだということに気がつきました。」とあるように、「私」は、恋愛という、自分の道に反してしまったことを知られたくない、というKの自尊心がお嬢さんの名前を回避させたと考えたのだろう。少なくとも手紙を見た瞬間は、そう感じたのではなかろうか。

ただ、Kが書かなかった理由はやはりわからない。そもそもお嬢さんとは、Kにとってどのような存在なのか? 

女性という存在そのものがKの修行には関わるはずのないものであり、お嬢さんもその例外ではない。しかしその信念を超え、初めて異性として意識し、好意を持ってしまった。Kにしてみれば、どのようにもとらえがたい存在である。

もし手紙にお嬢さんへの気持ちを書けば信条を裏切ることになり、当たり障りのないことしか書かなければ自分の気持ちに嘘をつくことになる。

書かなかった、のではなく、「書けなかった」というのが本当ではないだろうか。(自分の死後、お嬢さんや「私」に迷惑をかけてはいけないという配慮から書かなかった、という考え方もあるが?)

そう考えると、「進むべきか退くべきかそれに迷うのだ」というKの言葉は、「お嬢さんに進んでいく」ことへの迷いではなく、「すべての恋愛を禁ずる自分の道を今までどおり進んでいく」ことへの迷いではなかったか。道を志しながらも恋をしてしまった自分を認め、許すことができるかどうかの悩み。そのように問題を捉え直し、私がそのように受け止めていたならば、「精神的に向上心のないものはばかだ」と言い放ったかどうか。

この言葉によって、Kは自分の弱さを改めて認識せざるを得ず、道か恋かという二者択一のループに再び入り込み、どちらも選べない自分を許せなくなってしまう。

「もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろう。」という言葉から、Kが自殺を考えたのはいつ頃からと考えられるだろうか。

死の覚悟を決めていたのがいつからなのかはわからない。だが少なくとも「覚悟」という言葉を発した時点ではそう考えていたと考えられる。その意味ではお嬢さんへの失恋や私の裏切りが原因、と簡単に言うことはできないだろう。

養家や生家から縁を切られ、自分の生活が立ちゆかなくなってからのKは、「道」「精進」という自分の理想が思い通りにいかないことにずっと苦しんでいた。そのことから神経衰弱にもなった。

「私」の援助があって、お嬢さんや奥さんと交際するようになって救われた一面はあるものの、お嬢さんへの恋という、理想に反する事態になってしまい、自分の生き方に対する苦悩はさらに増したとも言える。(その意味ではお嬢さんとKを引き合わせた私の罪とも言えるが)

精神的に苦しむ自分と、過去の「強い自分」とのギャップもあっただろう。そうしたことすべてが彼を死ぬ方向へと追い込んだのではないだろうか。

そして前述したとおり、誰よりも信頼する私に、「精神的に向上心のないものはばかだ」という言葉をかけられ、私とお嬢さんの婚約が自分の知らないところで進んでいたことなど、Kの孤独をいっそう強める出来事が起こった。

Kの自殺の本当の原因はなんだろうか、考えてみよう。

 前書きで書いたとおり、本当のところは「わからない」と言うしかない。ただ、前述のようなとらえ方をすれば、Kの性格や考え方とか、失恋や友の裏切り、という単純な割り切り方はできない。

何より痛切なのは、Kを助け、Kのこころを一生懸命開こうとしていた「私」が、Kを孤独から救うどころか、結果的にそれをさらに深いものにしてしまった、ということではないだろうか。

そしてそれは同時に、叔父に裏切られ、自分こそは良心的に生きたいと考えていた「私」が利己心からそのような行動をつい取ってしまったことへの後悔となり、「私」のその後の人生に暗い影を落とし続けることになった。

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