灰色と青(米津玄師 + 菅田将暉)歌詞の意味

日々のこと

昨年卒業した生徒の最後の授業。Mr.Childrenの「しるし」と、この「灰色と青」を題材にしました。

昨年の紅白に米津玄師が出ていましたが、その「lemon」はちょっと難解だったので分かりやすいこちらに。

彼らはよく聴いている曲のはずですが、なかなか歌詞の深い意味までは考えないですよね。

教え子と食事したとき、この時のことをよく覚えていて「楽しかった!」と言ってくれました。

教室にスマホと愛用のBluetoothスピーカーを持っていって、まずはイントロ当てクイズ。

超ウルトラドン⁉︎ でも米津玄師が好きな子はすぐ分かっちゃいますね。正解は一瞬に出ました。

で、歌詞とこんな感じの問題を配ります。

灰色と青

袖丈が覚束ない夏の終わり
明け方の電車に揺られて思い出した
懐かしいあの風景
たくさんの遠回りを繰り返して
同じような街並みがただ通り過ぎた
窓に僕が映ってる

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
ひしゃげて曲がったあの自転車で走り回った
馬鹿ばかしい綱渡り 膝に滲んだ血
今はなんだかひどく虚しい

出典「灰色と青」作詞:米津玄師

問1 「虚しい」のはなぜだろうか。

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

出典「灰色と青」作詞:米津玄師

忙しなく街を走るタクシーに
ぼんやりと背負われたままくしゃみをした
窓の外を眺める
心から震えたあの瞬間に
もう一度出会えたらいいと強く思う
忘れることはないんだ

君は今もあの頃みたいにいるのだろうか
靴を片方茂みに落として探し回った
「何があろうと僕らはきっと上手くいく」と
無邪気に笑えた 日々を憶えている

どれだけ無様に傷つこうとも
終わらない毎日に花束を

出典「灰色と青」作詞:米津玄師

問2 「終わらない毎日に花束を」とはどういうことだろうか。

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何故か訳もないのに胸が痛くて
滲む顔 霞む色

今更悲しいと叫ぶには
あまりに全てが遅すぎたかな
もう一度初めから歩けるなら
すれ違うように君に会いたい

どれだけ背丈が変わろうとも
変わらない何かがありますように

くだらない面影に励まされ
今も歌う今も歌う今も歌う

朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
何もないと笑える朝日がきて
始まりは青い色

出典「灰色と青」(米津玄師 + 菅田将暉)
作詞:米津玄師

問3 タイトルの「灰色」と「青」はそれぞれどのようなことを指しているのだろうか。

よく知っている曲で、子どもの頃を懐かしんでいるということは分かりますが、「くだらない面影」や「終わらない毎日」という表現はちょっと考えますよね。

みんなでいろいろ相談している姿を見るのは楽しいです。アクティブ・ラーニングになってるかな?

で、解答「例」を配ります。

問1 大人になって平凡で退屈な毎日を過ごしていると、何かに夢中になり、すべてが上手くいくと思えた子どもの頃の気持ちを失ってしまった気がするから。

問2 辛く苦しいことの多い今の生活であっても、そこに幸せや喜びを見つけ出したいということ。

問3 「灰色」=大人になった今の辛く苦しく退屈な日々

「青」=無邪気で明るくすべてに前向きだった子どもの頃


こう書くとなんだか全然面白くなくなっちゃいますが、これが国語って教科の宿命?

いや、解答がダメなんですね。

作り手が曲に込めた思いも、聴き手が受け取る思いもいろいろあるはずなのに、それを万人共通の言葉にしようとする、それじゃつまらなくなるに決まってます。

そんなことも言いながら最後の授業はおしまい。

教科書の難しい評論や古文とかでなく、身近な歌で少しでも言葉の面白さや深みが感じられればいいな、と願いつつ。

何か月か経って、「楽しかった」と言ってくれたからまあよかったかな^ ^

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