伊勢物語「芥川」をアクティブに読む

日々のこと

目次

想像するための「問い」

昔、男ありけり。

女の、え得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。

芥川といふ河を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ。」となむ男に問ひける

【現代語訳】

 昔、男がいた。
 (高貴な)女で、妻にすることが出来そうになかった女を、何年もの間求婚し続けていたが、やっとのことで(その女を)盗み出して、たいそう暗い夜に(逃げて)来た。
 芥川という川(のほとり)を(女を)連れて行ったところ、草の上におりていた露を(見て、女は)、「(光っている)あれは何。」と、男に訪ねた。

伊勢物語の「芥川」です。多くの人が高校で学んだはずですが、どんな印象を持っているでしょうか。

古文単語の意味とか、古典文法とかを覚えさせられただけで、話の内容はほとんど記憶にないとか、「女が鬼に食われた話」程度しか覚えていないという人が多いと思います。

でももうそんな授業じゃダメですよね。古文をなぜ読むのか、学んで何を考えるのか、その視点が絶対に必要な時代です。

ということで、この「芥川」も、今回は現代語訳を授業の最初に配布。大まかに内容をつかんでもらってから、いくつかの「問い」を出してみました。

penta
①なぜ男は、女を「え得まじかりける」(=手に入れられそうもなかった)のか? 

男は在原業平、女は二条の后がモデル、などという話は全くせず、ただ本文だけを手がかりに考えます。

時代は平安、確固とした身分制度があるということが思い浮かべば解答までもうすぐですが、なかなか浮かばない生徒も。そこで次に問いの②を提示します。

penta
②女が、(露を)「かれは何ぞ」と男に聞いたのはなぜか? 

草の上につく「露」をイメージできない生徒もいるのですが、とりあえず話し合いによってこの女は露という存在を知らないようだ、ということは分かってきます。

そこから女は、「露を知らない」=「あまり外に出たことがない」=「箱入り娘!?」というふうにつながっていきます。

「家の中で大事に育てられていたということは、それだけ身分も高かったんだろうね。」

「だからきっと男の身分とは不釣り合いで、親とかに反対されて結婚させてもらえなかったんだ。」

そうやって答えにたどり着くと、本文の「からうじて盗み出でて」の「盗み」という言葉の意味もなんとなく分かってきます。

家の人に結婚を反対されて、それでもどうしても一緒になりたくて、女を「盗む」。今であれば誘拐ですが、どうも女も逃げることを拒否していないようなので、これは犯罪ではなくていわゆる「駆け落ち」だと理解していきます。

実は「身分の違い」も「箱入り娘」も「駆け落ち」も、今の高校生にとって耳慣れない言葉なのですが、それも友人同士で話しているうちにはなんとなくイメージできていきます。

「鬼」の登場

行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓、やなぐひを負ひて戸口にをり、はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に喰ひてけり。

「あなや。」と言ひけれど、神鳴る騒ぎにえ聞かざりけり。

【現代語訳】

 これから行先も遠く、夜も更けてしまったので、鬼のいる所とも知らないで、雷までたいそう激しく鳴り、雨もひどく降ったので、荒れ果てた蔵に、女を奥に押し入れて、男は、弓、胡簶(矢を入れる道具)を背負って戸口に座り、早く夜も明けてほしいと思いながら座っていたところ、鬼がたちまち(女を)一口に食べてしまった。(女は)「あれえ。」と言ったけれども、雷が鳴る騒ぎに(男は)聞くことが出来なかった。

penta
③男が「弓、やなぐひを負ひて(=武装して)」戸口にいたのはなぜか?

この③の問いは、答えが分かれました。「女を守るため」は同じですが、それは「鬼から」なのか、「女の家の追っ手から」なのか。

「もう一度本文を読んで手がかりを探してみよう」と言うと、「鬼ある所とも知らで」とあるから、鬼じゃない!と反応が。

ちなみに生徒は助詞の「で」が「・・・ないで」という打ち消しの意味を持つ言葉だということは知りませんが、現代語訳をみればその意味であることは分かります。

そう、男は女を連れて必死で逃げていた。もっともっと先まで行きたかったけど、夜も更けて真っ暗になり、雷も鳴り、雨もひどく降ってきた。愛する女性にこれ以上つらい思いをさせるわけにはいかない・・・

荒れ果てた蔵ではあるが、ここで休むしかない。万が一追っ手が来たら、命を賭けて追い払おう。

そう考えた男は、蔵の中に女を入れてしまいます。

そこの住人である「鬼」が、この獲物を逃すはずはありません。食われるときに女は悲鳴を上げますが、雷の音で男には聞こえませんでした。

「露」「白玉」そして「涙」「命」の連鎖性

やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。

足ずりをして泣けどもかひなし。

白玉か何ぞと人の問ひし時 露と答へて消えなましものを

【現代語訳】

 しだいに夜も明けてゆくので、(男が蔵の中を)見ると、連れてきた女もいない。
 じだんだを踏んで泣くけれどもどうしようもない。

 (あの光るものは)真珠なの何なの、とあの人が訪ねた時、あれは露ですよと答えて(私もその露のようにそのまま)消えてしまえばよかったのになあ。(そうすればこんな悲しい思いをすることもなかっただろうに。)

夜が明けて、男が蔵の中を見ると、女の姿はありません。

「鬼」が女を食ってしまったことを知った男にできることは何もありません。ただ、思いを歌にすること以外。

penta
④「消えなましものを」と詠んだ男はどんな気持ちだっただろうか?

この問いで、生徒は男の気持ちを想像するわけですが、それを「悲しい」とか「悔しい」と答えるのではなく、名詞の形にしてみよう、と制約をつけてみました。

「感情の言語化」の練習ですが、日常的にそんな体験はなかなかありません。「悲しい」から「悲しさ」「悲しみ」へ。そして「悲嘆」へと言い換え、「悔しさ」は「後悔」「悔恨」「罪悪感」などへ。

こうして、それらの熟語の意味するところが体感的に分かってくるのだと思います。

そう言えばある生徒から女が「かわいそう」(=同情)などの意見も出たので、それについてももう少しみんなで考えてもよかったかもしれません。(同情と愛情って両立するのかな、とか。)

さて、最後の問いです。

penta
 ⑤なぜ男は、女が言わなかった「白玉」という言葉を歌の中に詠み込んだのだろうか?

これは難問。いつもより時間をかけて取り組みますが、なかなか思いつかない生徒がほとんどです。

そこで「なぜ女性は宝石を身につけるのか?」という問いを投げかけます。それは「自分を美しく上品に見せるため」かな?

そうしてみんなで話し合っているうちに、なかなかいい線の答えが黒板に張り出されていきます。

「女が真珠のように美しかったから」

「高貴な女のことを真珠で表したかったから」

「女が色白なので真珠にたとえたから」

そう、真珠という美しく高貴な宝石が、そのままこの女のイメージになっているのです。

女は、露を「真珠かしら」などと言っていません。けれど男は、女の透き通るような美しさ、気高さ、純粋さをその言葉に重ね合わせた、そのことに生徒たちは気がつきました。

そして「白玉=真珠」は「露」。露は(=女を失った男の)涙であり、はかないものの象徴。突然消えた女の、「いっそ死んでしまいたい」と思う男の「命」でもあります。

かけがえのない人を、自分のせいで失ってしまった。そんなことならいっそ、あのとき自分も露のように消えて(死んで)しまえばよかった。そうすればこんな悲しい思いをせずにすんだのだから…

この「愛する女が鬼に食われる」というおぞましい話は、この言葉によって美しい悲話に変わっているのです。

文法的には「反実仮想」という形が使われていて、おそらくこの箇所が反実仮想の最も美しい場面ではないかと思うのですが、それはともかく、授業が始まった頃にはかなり遠かった物語が、最後に自分ごととして感じられるようになったのではないかと思います。

生徒のひとりが、「魑魅魍魎が出てくる話で、こんな切ない話は初めて読んだ。」と振り返りシートに書いてくれていました。

新型コロナで部活動の大会や、楽しみにしていた行事を突然奪われた彼らに、男の心情も伝わったようです。

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